東京高等裁判所 昭和59年(行ケ)272号 判決
(争いのない事実)
一 本件に関する特許庁における手続の経緯、本願発明の要旨及び本件審決理由の要点が原告主張のとおりであることは当事者間に争いがない。
(本件審決を取り消すべき事由の有無について)
二 本件審決の認定判断は、以下に説示するとおり正当であり、原告の主張はすべて理由がないものというほかない。
1 前記本願発明の要旨に成立に争いのない甲第一号証の三(本願発明の特許願書添附の図面)及び第二号証(本願発明の全文訂正明細書)を総合すれば、本願発明は、鉄鋼連続鋳造用鋳型材の著しい長寿命化を可能とする鋳型材に関するものであつて、従来、鉄鋼連続鋳造用鋳型材に用いられる銀入り銅、リン脱酸銅等の鋳型材は変形、割れ、摩耗等を生ずる欠点があつたところ、本願発明は、鋳型材の合金の具える熱伝導性(電気伝導性)、高温硬さ、高温強度のほか高温伸び、クリープ伸びの五特性の総合的効果により従来の鋳型の有する上記欠点を解消し、長期安定して鉄鋼の連続鋳造を行うことを可能とすることを目的とし、これまで高力高導電材料として用いられてきたCu―Cr―Zr系合金中、Zrの含有量を検討し、本願発明要旨のとおりの成分範囲に限定されるものを用いることにより、その目的を達したものであり、本願発明の実施例とこれとZr成分比を異にするものとの特性を比較すると、原告主張の表(別紙(二)の表)のとおりの差異を示し、鋳型材として所望の作用効果を奏することを認めることができる。
一方、成立に争いのない甲第四号証(第一引用例)によれば、第一引用例は、一九六九年(昭和四四年)五月二一日ニユーヨークで催された第七七回アメリカ鉄鋼協会総会に提出された「アルゴマスチール社におけるH型鋼用鋼材の連続鋳造」に関する刊行物であつて、右文書には、RS及びDLP銅を素材とする鉄鋼連続鋳造用鋳型についての試験結果が記載され、「A、B及びCの各鋳型の間の基本的な差は鋳型の銅の種類である。断面形状A及びCのそれぞれによる四個の鋳型のうち、二個はDLP銅製、二個はRS銅製であつた。これらの二種類の銅の基本的性質を表四に示す。」旨の記載の後に表四として、「ビーム・ブランク鋳型の銅の性質」の見出しでDLP銅又はDPS銅とRSとの性質(引張り強さ、伸び、硬度及び導電率)の対比と両者の組成(分析)が示されており、同表組成欄には前者についてAg―〇・〇八四%、P―〇・〇〇四%、Cu―残と、RSについて「Copper―Chromium」に続いてその次行に「Zirconium」とそれぞれ記載されていることが認められ、右各記載に徴すれば、DLP銅又はDPS銅製の鋳型が銅を主成分とする合金であることは明らかであるが、RS製の鋳型も銅を主成分とする合金であることを看取し得るものということができるから、第一引用例には、RSがCu―Cr―Zr系合金であることについての開示があるものというべきである(なお、第一引用例中の表四にはRSの組成について「system alloy」の文言を欠いているが、この点は前認定を動かすに足りない。)。したがつて、本件審決が、本願発明の銅合金と第一引用例のRSは同一系の銅合金であると誤認したことを前提とする原告の主張は採用するに由ない。
2 前掲甲第四号証(第一引用例)によれば、第一引用例には、連続鋳造用鋳型のブレークアウトや変形を防止し、鋳型の長寿命化の観点から連続鋳造用の鋳型として、RSがDLP銅又はDPS銅のものより性能が著しく優れていること、DLP銅又はDPS銅とRSとの性質(表四)等からみて、連続鋳造用鋳型に用いる銅を選択する場合の最も重要な考慮事項を重要度の順に挙げると、高引張り強度、高硬度、低伸度、高熱伝導性の順であるとの記載(第二七頁下から第二五行ないし第四行及び第二八頁下から第二〇行ないし第二九頁下から第一〇行)があることが認められる。叙上認定したところにより、本願発明と第一引用例とを対比すると、本願発明が組成成分範囲を限定しているのに対し、第一引用例のRSにはこの点の記載がない点で構成を異にするものの、両者は連続鋳造用鋳型の長寿命化を目的とし、同一系の銅合金を用いる点においては、その技術的思想を同じくするものというべきである。原告は、本願発明が鋳型の長寿命化のためには、鋳型材の高い高温伸びの具備を必要とするところ、第一引用例は低伸度を必要としている点で技術的思想を異にする旨主張するが、前認定の事実によれば、第一引用例は表四に示すDLP銅又はDPS銅とRSとの性質の比較から低伸度を考慮すべき重要事項として挙げたものとみることができるから、このことから両者が技術的思想を異にするものといい得ない。のみならず、成立に争いのない乙第一号証によると、本願発明の組成成分範囲内に入るCr〇・六五%、Zr〇・一%、残部Cuとする合金の二〇度Cにおける伸びは一八%であることが認められ、これによると、第一引用例中の表四に示されたRSの常温伸び一九%は、本願発明に比し特に劣るものということはできず、また、原告は第一引用例のRSは引張り強度及び硬度においても本願発明に劣る旨主張するが、原告の主張によるも、この点両者に格別の差異があるものということはできない。したがつて、叙上の点に、両者に著しい差異があることを前提として、技術的思想を異にするとの原告の主張は、採用することができない(なお、原告は、乙第一号証は本件審決に公知技術として引用、開示されていない新たな証拠の提出であつて許されない旨主張するが、右乙第一号証は、審判段階において引用された資料を補強するための証拠にすぎず、審決において引用した資料と別個の新たな公知例を立証するための証拠として提出されたものではないから、右提出を違法とすることはできない。)。
ところで、原告の自認する本件審決認定のとおりの第二引用例の記載内容に成立に争いのない甲第五号証(第二引用例)を総合すれば、第二引用例は、発明の名称を「電気的、機械的かつ熱的に大きな負荷を受ける部材の作製に使用する銅―クロム合金」とするドイツ国特許明細書であつて、そこには、本願発明の銅合金と組成範囲が重複するCr〇・三~一・五%、Zr〇・〇三~〇・五%、残部Cuからなる銅合金が記載され、この銅合金は高い耐熱性、高い導電率、高い高温硬さ等を示し、電気的、機械的かつ熱的に大きな負荷を受ける部材の作製に適することが記載されているほかに、実施例として、Cr〇・六%、Zr〇・一%、残Cuなる合金について前記各特性を数値を挙げて記載していることが認められるところ、連続鋳造用の鋳型は、その使用条件からして機械的かつ熱的に大きな負荷を受けるものであることが明らかであつて、前認定のとおり第一引用例には、該鋳型材には銅を主成分とするCu―Cr―Zr系合金が優れており、該鋳型材は、高引張り強度、高硬度、低伸度及び高熱伝導性が重要であるとされているから、このCu―Cr―Zr系合金における各成分の適当な組成範囲を見出すに当たり、電気的、機械的かつ熱的に大きな負荷を受ける部材としてクロム〇・三~一・五%、ジルコニウム〇・〇三~〇・五%及び残部銅から成る合金が適するという第二引用例の記載に着目し、そこに、高温における硬度及び導電率(前掲甲第二号証によれば、導電率と熱伝導性はほぼ比例することが認められる。――本願発明の明細書第一〇頁第一六行ないし第一七行)が具体的に示されているクロム〇・六%、ジルコニウム〇・一%及び残部銅なるCu―Cr―Zr系合金を指標として、連続鋳造用鋳型の鋳型材に適当な成分組成範囲を検討し、本願発明に係るクロム〇・五五~〇・八五%、ジルコニウム〇・〇三~〇・二%及び残部銅の範囲を選定することは、当業者にとつて容易になし得ることというべきである。原告は、第二引用例記載のものは電極に関する合金であつて、本願発明と用途を異にするほか、高温伸び及びクリープ伸びについて記載を欠くから、第二引用例から本願発明の連続鋳造用鋳型を想到し得ない旨主張するから、検討するに、前掲甲第五号証によると、第二引用例には、合金の用途として抵抗溶接用電極のみが記載され、また、第二引用例の合金の高温伸び及びクリープ伸びについては記載がないことが認められるが、同号証中の発明の名称及び特許請求の範囲の記載によると、第二引用例の合金の用途を電極に限定するものとは解し難いし、また、高温伸び及びクリープ伸びについては、前認定のとおり第一引用例にこの点について言及されているのであるから、第二引用例にこの点の記載がなくても、叙上前段の判断を妨げるものではなく、したがつて、原告の右主張は採用することができない。
3 叙上説示のとおり、本願発明は第一引用例及び第二引用例に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとみるのを相当とするから、本件審決の認定判断には誤りはないというべきである。
(結語)
三 以上のとおりであるから、その主張の点に判断を誤つた違法があることを理由に本件審決の取消しを求める原告の請求は、理由がないものというほかない。よつて、これを棄却することとする。
〔編註その一〕 本願発明の要旨は左のとおりである。
Cr〇・五五~〇・八五%、Zr〇・〇三~〇・二%および残部Cuより成る鉄鋼連続鋳造用鋳型材。
〔編註その二〕 本件に関する別紙は左のとおりである。
別紙(一)
<省略>
(注)第一引用例の鋳型材の性質は、常温伸び以外は換算値を示す。
別紙(二)
<省略>
<省略>